2018年11月24日
古き良き時代のもの:HENSCHELの機関車
土曜日は朝からタラートに買い出しに出かけたのだが、いつものお寺の駐車場が
一杯のため、シラチャ区役所の駐車場に車を入れた。
何気なく公園っぽくなっているので、そちらに目をやると、思いがけない面白いものを
見つけたが、ここには何回も来ているが、気が付かなかったのである。
なんとこんなところに機関車
があった。
何となく管理されてはいる
ようであるが、煙突部分から
雑草が覗いているので、
そんなに大切にはされて
いないようである。
横のガード部分に貼られた銘板を見ると、HENSCHELという名が読める。
名前は知らないが、どうやら
HENSCHEL&SOHN社の
1952年製の機関車と思わ
れる。
国名がなく、KASSELって
何をあらわしているのか、
私は鉄道関係の知識は
ないので、家に帰って
調べることにした。
さて 旧タラートに向かおうと、公園を出たその目の前にあったトゥクトゥクが目に
留まったのであるが、これは何かを暗示しているのだろうか。
このトゥクトゥク運転手の
後ろの作りが、普通のものと
全く違って、手作り感が
もろに伝わってくる。
タンクは勿論2輪車のもの
なのである。
勿体ないの塊みたいなのに
ぶつかったものである。
このトゥクトゥクを写真に撮ったところで、はて機関車は確かスカパークパークのすぐ
近くにもあったな、と思って行ってみることにした。
私がこの機関車を見たのは、初めてシラチャに来た2006年12月で、そのままの形で
残っていた。
機関車の周囲を確認した
が、残念だが銘板らしき
ものは見当たらなかった。
それにしても、タイの田舎の
小さな漁村だったシラチャ
に、なんで博物館でなく
街角に機関車が置かれて
いるのか、奇妙である。
更にである、ふと振り返ってみたらこれである。
なんとそこにあったのは、
写真では判別しにくいが、
三菱のジープである。
他所のお宅の車をチェック
するのは気が引けたが、
タイヤは空気がちょっと少
なくなっているだけで、
No.があるから、今でも
乗れるのかもしれない。
ところでこんなことをしていると、ミヤさんが「どこで油を売って来たのか」とツノを出し
かねないので、早々にタラートに行って野菜を買って帰宅である。
帰宅後早々に朝食を済ませると、早速HENSCHELについて調べた。
しかし驚きましたね、このメーカー 第二次世界大戦時代のドイツの有名なトラック
メーカーで戦時中に急降下爆撃機や、戦車ひいてはミサイルにまで手を出したメーカー
だった。
いやあ驚いたと共に勉強になった。
以下はウィキペディアで調べた内容です。
これがヘンシェル社の社章
で、1957年迄は上の写真
にあるドイツ語読みで、
ヘンシェル ウント ゾーン
という会社だだそうだ。
このヘンシェルという会社、19世紀のドイツを代表する蒸気機関車の製造メーカーで、
1925年からはトラック・バスも製造するドイツ有数のメーカーだそうである。
第2次世界大戦当時、1933年から1945年まで、カッセル工場で戦車ベルリン工場で
航空機・ミサイルを製造していたそうで、KASSELというのは工場のあった地名だった。
これはかの有名な重戦闘
装甲車両「ティガー
(タイガーI戦車)」である。
ヘンシェルは1948年に、鉄道機関車の製造を認められ再開したということで、銘板を
読み解くと、ヘンシェル ウント ゾーン社のカッセル工場1952年製ということになる。
それにしてもである、そのドイツ製の機関車がどのようにして、このタイの片田舎の
漁村であるシラチャに来て、どのようないわれでシラチャ区役所に置かれているのか、
そこには面白い秘話があるのか、何とも言えないロマンを感じざるを得ない。
一杯のため、シラチャ区役所の駐車場に車を入れた。
何気なく公園っぽくなっているので、そちらに目をやると、思いがけない面白いものを
見つけたが、ここには何回も来ているが、気が付かなかったのである。
があった。
何となく管理されてはいる
ようであるが、煙突部分から
雑草が覗いているので、
そんなに大切にはされて
いないようである。
横のガード部分に貼られた銘板を見ると、HENSCHELという名が読める。
HENSCHEL&SOHN社の
1952年製の機関車と思わ
れる。
国名がなく、KASSELって
何をあらわしているのか、
私は鉄道関係の知識は
ないので、家に帰って
調べることにした。
さて 旧タラートに向かおうと、公園を出たその目の前にあったトゥクトゥクが目に
留まったのであるが、これは何かを暗示しているのだろうか。
後ろの作りが、普通のものと
全く違って、手作り感が
もろに伝わってくる。
タンクは勿論2輪車のもの
なのである。
勿体ないの塊みたいなのに
ぶつかったものである。
このトゥクトゥクを写真に撮ったところで、はて機関車は確かスカパークパークのすぐ
近くにもあったな、と思って行ってみることにした。
私がこの機関車を見たのは、初めてシラチャに来た2006年12月で、そのままの形で
残っていた。
が、残念だが銘板らしき
ものは見当たらなかった。
それにしても、タイの田舎の
小さな漁村だったシラチャ
に、なんで博物館でなく
街角に機関車が置かれて
いるのか、奇妙である。
更にである、ふと振り返ってみたらこれである。
写真では判別しにくいが、
三菱のジープである。
他所のお宅の車をチェック
するのは気が引けたが、
タイヤは空気がちょっと少
なくなっているだけで、
No.があるから、今でも
乗れるのかもしれない。
ところでこんなことをしていると、ミヤさんが「どこで油を売って来たのか」とツノを出し
かねないので、早々にタラートに行って野菜を買って帰宅である。
帰宅後早々に朝食を済ませると、早速HENSCHELについて調べた。
しかし驚きましたね、このメーカー 第二次世界大戦時代のドイツの有名なトラック
メーカーで戦時中に急降下爆撃機や、戦車ひいてはミサイルにまで手を出したメーカー
だった。
いやあ驚いたと共に勉強になった。
以下はウィキペディアで調べた内容です。

で、1957年迄は上の写真
にあるドイツ語読みで、
ヘンシェル ウント ゾーン
という会社だだそうだ。
このヘンシェルという会社、19世紀のドイツを代表する蒸気機関車の製造メーカーで、
1925年からはトラック・バスも製造するドイツ有数のメーカーだそうである。
第2次世界大戦当時、1933年から1945年まで、カッセル工場で戦車ベルリン工場で
航空機・ミサイルを製造していたそうで、KASSELというのは工場のあった地名だった。

装甲車両「ティガー
(タイガーI戦車)」である。
ヘンシェルは1948年に、鉄道機関車の製造を認められ再開したということで、銘板を
読み解くと、ヘンシェル ウント ゾーン社のカッセル工場1952年製ということになる。
それにしてもである、そのドイツ製の機関車がどのようにして、このタイの片田舎の
漁村であるシラチャに来て、どのようないわれでシラチャ区役所に置かれているのか、
そこには面白い秘話があるのか、何とも言えないロマンを感じざるを得ない。