インバウンドでタイ人を集客! 事例多数で万全の用意 [PR]
ナムジャイブログ

【PR】

本広告は、一定期間更新の無いブログにのみ表示されます。
ブログ更新が行われると本広告は非表示となります。
  

Posted by namjai at

2020年10月31日

素晴らしい「ニンニクの蜂蜜漬け」の効能

今年の2月にニンニクの蜂蜜漬けを作り始め、実際に食べ始めたのは2ヶ月
後からだから4月中旬くらいだろうか。
それ以来 朝晩1個づつ食べているが、即効性はないが続けて食べていると
それなりに確かな効能を体感していると思える。
当初はタッパー一つに作っていたのだが、待てよ無くなったらまた2ヶ月
待たなければならなくなると思い、途中から更に一箱追加した。
そうして2巡目に入り、最初のタッパーに戻って食べたのだが、生ニンニクを
そのまま齧ったように辛く思わず吐き出してしまった。
途中で発酵しているかどうか確認しなかったのがいけなかったのだが、思い
返してみると一番いけなかったのは、元の余った蜂蜜を使って漬けたからだと
思われる。
これは3日ばかり前に撮影したもので、実際には既に2ヶ月経っているが、
ほんの僅かに泡が見えるだけである。
慌ててタッパーを入れ替え、新しい蜂蜜に付け込んだ。





















お陰で又2ヶ月待たなければならない。
下の写真は最初に漬け込んだ時の3週間後のものであるが、見事に発酵が
進んでいるので泡が一杯でている。





















ところで、今まで付けていた蜂蜜はどうしたものかと思って、色々とGoogleで
調べてみたのだが、「ニンニクの蜂蜜漬け」の作り方は述べているものの、
残った蜂蜜の処理はどこにもなかった。
2つ目のタッパーももうじきニンニクが無くなるので、最近は朝は余った蜂蜜を
大匙ですくって飲み、寝る前にニンニクを食べている。
・・・で思ったのだが、この余った蜂蜜も結構体に良さそうなのである。
それはそうだろう あのニンニクのエキスがたっぷりと注入されているのだから。
外観は蜂蜜ではあるが、口に含むと蜂蜜の味はほんの僅かしかなく、殆ど
ニンニクの味なのである。
かといってニンニクの匂いは殆どない。
それで3日前に入れ替えて余った蜂蜜は冷蔵庫にそのまま保管していて、
今舐めているのが無くなったら生かそうと思っている。

さて肝心の効能だが、自分でも本当に効いていると思えるのが3つある。
 1.疲労回復
   これは実際に私が体感している一番大きな効能だと思っている。
   私は今、毎日ウォーキングしているのだが、最近は疲れたなどと思った
   ことはない。
   以前はウォーキングの後疲れが溜まるからということで、浴槽に体を
   沈めたり按摩器を遣ったりなどしていたのだが、今はそんな事必要も
   なくなった。
 2.よく眠れる
   よく眠れるから疲労も早く回復するのかもしれないが、本当に実によく
   眠れる。
   晩酌を終えて片付けをし、犬の面倒を見てシャワーを浴び、ベッドに
   潜り込むのが10時という生活であるが、横になるとものの5分もしない
   内に寝入ってしまう。 ・・・で、翌朝7時半に起床。
   夜中に何回かトイレに起きるのだが、寝付かれないなんてことが殆ど
   なく、あの事故の時でさえいつもと同じように寝てしまった。
   私自身は繊細でデリケートだと思っているのだが意外と鈍感なのか。
 3.強壮
   私ももう72歳であまり必要とはしないが、そうは言っても嫁さんはまだ
   50歳前で元気であり、そういう時が必要なのである。
   以前は嫁さんが薬を購入して、必要時に私が服用していたのだが、
   ここ何ヶ月かそんな薬飲んだことがない。
   即戦力で対応できるのである。
   まさに天然のバイアグラではないかと思っているが、ニンニクを食べ
   始めたからと言って即効性があるものでもない。

滋養強壮でお悩みの方がいらしたら、お試しいただくことをお勧めしますが、
即効ではないということと毎日継続させることが必要です。

  

Posted by jinbei at 17:04Comments(0)男の食彩

2020年10月27日

ウォーキングで珍しいもの見つけた。

ウォーキングをしていると、普段見慣れている景色なのに何となく見過ごして
いるものや、思いがけないものに出会うことがあり、それらを写真に収めて
いたら少しずつだが溜まってきた。

ある朝玄関先に出ると、綺麗な小さな石が転がっていると思ってよく見たら
テントウムシだった。
タイでテントウムシなどほとんど見かけなかったが、こんなにホシがあるテン
トウムシは初めて見た。
硬い翅の内側の柔らかい翅が仕舞い切れていないが、こいつは幸運のシン
ボルかも知れない。



















こちらは以前から気が付いていたのだが、ソーイ4のお宅の庭にあるヤシの
仲間だろうが、葉脈が見事に赤く気になって仕方がなく、Googleで調べたが
依然何だか良く判らない。
日本では朱竹は縁起物と言われているが、タイではどうなんだろうか。




























そしてもう1枚、こちらもこのお宅の垣根越しに植えているものなのである。
私は初めて見るのだが、恐らく見たことがある人はそうそういないのでは
ないかと思う。
白いサボテンで、隣は普通に見かける緑のサボテンである。
このお宅は塀越しに色々植えていて、先日紹介したマクアプワン(雀ナス)も
栽培している。



























さてこちらは昨日であったカブトムシだが、タイで初めて見るカブトムシだ。
今まで見たカブトムシはコカブトでほとんどツノが見当たらない種類で、この
カブトムシのような生きている奴にお目に掛ったのは初めてである。
どういう訳か左の硬い翅がつぶれかかっていて、道で仰向けになりもがいて
いたのを見つけたのである。
とにかく2本ツノで格好いいカブトムシで、数枚写真に収めた。
どうやらヒメカブトムシというらしい。





















こちらは芭蕉ヤシであるが、芭蕉ヤシなどタイではさして珍しくない。
パタヤでは街路樹として植えられている。・・・がしかし、ここは野原の一軒家
でもなくムーバーンの中である。
確かに庭が広いお宅ではあるが、それでもムーバーンの中にこの芭蕉ヤシを
植えているお宅は見たことがない。
ご丁寧に隣にココナッツヤシまで植えているのは、ヤシのある景色が好き
なんだろうか?
まあ他人様に迷惑を掛けている訳ではなし、個人の自由だからどうってことは
無いのであるが。






















こちらは先程のソーイ4の赤いヤシのあるお宅のお向かいさん。
このお宅も広い庭に大きな木が植わっていて、別に飼っているのではない
だろうが、時々リスを見かけるから棲み付いているのではないだろうか。
その木がなんというのか知らないが、これに大きな着生植物が貼り付いて
いるのだが、Googleで調べてもどうしても判らない。
何れにしても熱帯雨林の着生植物なんだろう。





















さてこちらも面白い写真だが、私が日本人だから「オヤオヤ」と思っているの
かも知れない。
シラチャはタイの一村一品運動でパイナップルの産地として有名であるが、
家の外の道路脇に作った家庭菜園で、これを育てているのである。
まあ我が家でも塀の外にマンゴーやらバナナやら果樹を植えているから、
他人様のことを笑うことはできないのだが・・・・。























ある日ウォーキングの道をちょっと変えてみようと思い、普段歩いたことが
ないソーイ6に入ったら、すぐの左のお宅の庭先に思いがけない果実が
目に入った。
以前紹介したことがあるマムアンハウ・マナオホーという赤い実である。
これはもうレモンなど比べようもないほど酸っぱく、実が濃い紫になっても
その酸っぱさは殆ど変わらない。
色々とあちこち行ったことはあるが、この狭いムーバーンで2軒のお宅でこの
珍しい果実を栽培しているのは、偶然とはいえこれまた珍しい事であろう。





















普段何気なく見ている景色でも、興味を持ちながら歩いていると、なんとなく
違った世界が見えてくるのは楽しいことである。

  

Posted by jinbei at 18:23Comments(0)日記/一般タイの動植物

2020年10月25日

母の一周忌

今日10月25日は母の命日、早いものでもう1年経ってしまった。
本来ならば日本へ行って法要をしなければと思っていたのだが、コロナの
ために日本側でも弟がお坊さんと相談して、ごく内輪でやるため無理する
必要はないと言ってきた。 向こうもどうやら5~6人程度にしたようである。
まあそうは言っても、行けないものは仕方なく、こちらはお坊さんにタンブン
することにした。
今朝は朝5時半に起床、やっと空が白み始めた時刻である。
まだ明けの明星がきらめいている時間帯。





















ミヤさんも起きだし、娘と息子の嫁さんが花やら牛乳惣菜などを買いに出かけ
てくれている間に、ミヤさんもご飯などの準備を始めた。
やがて空が明るくなって6時半になろうとした頃、托鉢のお坊さんがやって
来たので、早速家の前でお経をあげて貰いタンブンする。
今日は私が主であるため、写真など撮っている暇がなく、下の写真は今日の
ものではないがやったことはこんな感じである。





















しかし家族とは有り難いもので、私の状況を察してくれて皆でこうして協力
してくれたことには感謝である。
3周忌の法要の頃にはコロナも収まっているだろうが、その時には実家は
もう人手に渡っているだろうから、さてどうしたものか。
とにかく一周忌は日本へ帰ることができずに残念であった。

  

Posted by jinbei at 18:20Comments(0)日記/一般

2020年10月23日

いよいよ乾季入りか

今日はタイはチュラロンコン大王(ラマ5世)記念日で全国的に休みである。
今週は火曜日から雨の気配は無くなり、空は晴れ渡り僅かに薄絹を刷いた
ような雲が出ているだけで、本当に気持ちのいい日が続いている。
恐らく乾季入りしたのかもしれない。
日曜にロンターンに行ってきたせいか、いつまでもくよくよしていても仕方ない
という気になり、火曜日からまたウォーキングを再開した。
これもタンブンの御利益なのか。





















やっぱり乾季入りしたんだろう、道端の野ケイトウも元気に咲いている。
向かってくる風も涼しくなり、日差しは暑いものの風は頬を気持ちよく吹き
ぬけていくし、汗もあまりかかなくなってきた。





















ソーイ4のお宅の垣根越しに植えてあるナスも、私の身長くらいに伸びて白い
花をたくさんつけているが、よく見たら小さなグリーンピース位のナスを一杯
付けていた。
そうだった、これはタイのグリーンカレーに入っている、マクアプワンという
雀ナスだったのだ。
タイに来たばかりの頃、グリーンカレーの中にあるこのナスをグリーンピース
だと思って食べ、味が全く違うのに驚いたことがある。





















ウォーキングも終回に入ろうとした頃、ふと見上げた北の空に大きな鳥が
飛んでいると思ったが、飛んでいる姿のまま止まっているように見え、何故?
と思ってよく見るとなんと飛行機型カイトである。
こういうのが好きな私は、終回のままムーバーンの外の通りに出て、隣の
空き地入り口まで行くとおじさんが上げていたのである。





















私は凧揚げも好きだが凧そのものも好きで、シラチャのコンドミニアムにいた
頃竹ひごを削り出し、江戸凧・5角形凧・連凧やら、飛行機凧・アンドン凧等の
立体凧を作り海岸端の健康公園で凧揚げをしたものである。
タイの乾季と言えば季節風の季節、これから凧揚げを見ることができると思う
と何となく嬉しくなってしまう。
路上販売しているので、おじさんはデモンストレーションの積りでカイトを
揚げていたのだろう。
おじさんに値段を聞いたが一つ200Bだそうだが、200Bするなら自分で
作りたくなってしまった。
















午後からは遺産相続に関わる、名義変更のための書類を日本に送らな
ければならない。
書類は昨日シラチャの領事出張サービス事務所へ行って受け取って来た
のでエアメールにするだけである。






















書類はサイン証明(署名証明)と在留証明、それに日本から送られてきた
「遺産分割協議書」である。
なぜこんなことと言っても、日本の実家は今だ母の名前になっているため、
本来私が日本へ行って弟と協議すればいいのだが、コロナのために日本
へはいけないため、一旦弟名義に変更して弟が処分した後、遺産分割という
ためである。
その「分割協議書へのサイン」を私本人がサインしたという証明書がサイン
証明(署名証明)なのである。




























取り敢えずエアメールにまとめたが、郵便業務がどこまで再開されているか
判らないため、普通郵便で出すより高くつくが娘にはEMS(Express Mail
Servise=国際スピード郵便)でいいと言って頼んだが、郵便局も今日は
休みだろうから恐らく明日になるだろう。
何とも間が悪いことである。
タイの暦を見ていなかった私が悪いのだが、昨日中にまとめれば来週の火曜
当りには日本に着いている筈だったのに。

  

2020年10月19日

ロンターン(タンブン)をしてきた。

事故以来ソロソロ1ヶ月が経とうとしているが、その後一向にはっきりせず、
躁鬱病ではないけれど、どうしたらいいか判らずイライラしてる日が続く。

2週間くらい前にミヤさんと娘から、18日ロンターン(タンブン)に行くから
そのつもりでいてと言われていた。
タンブンて便利な言葉で、一言でいえば「徳を積む」ことであり、善行を行う、
寄進する、供養するなどにも使われるが、亡父の一周忌と言えば「タンブン
ポー」になるし、家の新築祝いとなると「タンブンバーン」となるのである。
タイでは金持ちが貧乏人に施すのは当たり前で、だから金を貸しても「タン
ブン」だと言って平気でうそぶいている者もいる。
ロンターンはそういう中で、お寺が中心になり希望者が色んなものを持ちより
人々に施しをする祭りみたいなものである。
だからこの日はお寺には施しをする人達は元より、それを戴きに来る「善男
善女」「老若男女」善き人人も悪しき人(?)も集まってくる。

さて当日の朝は6時半起床、階下に降りていくともう支度は殆ど整っていて、
ほぼ運び出すばかりの感じである。
前の晩12半を廻ってから準備しただろうが、よくここまでと感心した。
キッチンでは我が家がタンブンする、ミヤさん特製のタイのカレーソーメンの
スープがもう温まっている。
こればかりは土曜日から準備していて、白い団子は練り物である。
スープだけでも100人分ぐらいありそうである。





















こちらは専門家に注文したようであるが、カノムクルワイという餅菓子のようで
材料は主に、バナナやカボチャ・紫芋などだそうだ。
他にも店のスタッフたちが焼きそばを用意しているそうである。




























細々とした(使い捨ての皿やスプーン・ゴミ袋)を準備して結局家を出たのは
8時を大分過ぎてからだった。
行先はと言っても私は全く知らないが、我が家から南西方向(レムチャバン)
へ車で10分行ったワットチーン(中華系のお寺)であった。
会場には既に施しの準備ができているところもあり、我々の様にいま来た
ばかりの者たちやらで、大分人が集まっていた。
















私たちも指定された場所で早速準備開始であり、スタッフたちも既に来て
いて各々準備を始めていた。
















私たちの準備が終わった頃には会場には大分人が集まっており、入り口
近くのテント(向こう正面)ではもう施しが大分進んでいた。
















従って準備を開始したばかりだというのに、我々の前には既に数人が並んで
待っていた。
手前からスタッフたちが用意した焼きそば、その隣がタイ素麺その右が
カノムクルワイ。
















タンブンもタケナワになった頃、講堂の前がやたらに賑やかになったので見に
行くと黄色い衣装をまとったおばちゃん連が、列を作ってタイダンスを踊って
いた。本当にタイの小母ちゃんは踊りが好きだ。
家に来たスタッフのお母さんも好きなようで、この列に加わっていたそうだ。
















ところで施しの方も1時間ちょっとで全て吐けてしまい、9時半を少し回った
頃には何もなくなって帰り支度である。
家に帰るとスタッフたちも三々五々集まってきて、今度は我が家で慰労会の
準備が始まり、キッチンは賑やかなこと。
しかしながらビールがないウィスキーがない、氷がない野菜がないと言って
居候はその度に駆り出されていた。
















ミヤさん始めスタッフの皆さんお疲れ様でした。
ところで、私もそれなりにタンブンしたのだから、多少のご利益があってもいい
と思うのだが、事故の処理何とか前に進んで欲しいものである。

  

Posted by jinbei at 18:35Comments(4)タンブン

2020年10月08日

気持ち悪いものに出会った・・・タイオオヤスデ

昨日は朝から曇り空で、また一雨来そうな空模様だったので、朝食前に
ミヤさんから言われていたマンゴーの枝を剪定した。
実は枝が伸びて電線に掛り始めたので、塀側の枝を綺麗に選定した。
これは午後になって晴れ間が覗いた時に改めて撮った写真。




























切った枝を片付けて門扉のところまで来ると、20cm位はあろうかと思われる
巨大なヤスデの仲間だと思われる生き物が、壁の脇を門扉のレールの方に
這っていくのが見えた。
最近は見なくなったのだが、タイに来たばかりの頃はこいつをよく見かけ、
一体こいつは何者なんだろうと思ったものである。

















見ていると門扉のレールのところから中に入ろうとしていたため、サンダルで
軽く蹴ったら丸くなって動かなくなってしまった。
慌てて棒でに引っ掛けて外に出したのだが、丸くなってしまうところはヤスデと
同じみたいで、気持ち悪かったのだが爪の先で触ったのだが、感じはエビの
殻みたいな感じで、ふと子供の頃触ったことのあるダンゴムシを思い出した。





















ヤスデと言えば、以前は日本でも見かけた茶色のものをよく見かけたが、
最近は黒くて外側に黄色い斑点のある4cmの奴をよく見かける。
これも何となく毒々しいので、敷地内で見かけると必ず棒で追い払う。
















家に入って早速GOOGLEで調べてみると、簡単に判った。
やっぱりヤスデの仲間で、タイオオヤスデというらしいのだが、驚いたことに
このヤスデを商売にできるほど、日本には珍虫愛好家がいるということだ。
こんな写真も載っていた。
















臭い体液も出さず、咬み付くようなこともない大人しい奴で、ハンドリングが
可能なため一匹4,500円くらいで取引されているようである。
   http://aquaholic.jp/261_619.html
トカゲやカエルならともかく、こんなもの触りたくもないし4500円も出すなど
考えられないね。
しかし、こいつに遭遇したらお金を拾った、と思ってもいいかもしれないが、
日本へ持ち込むなんて気は起きてこない。
  

Posted by jinbei at 18:27Comments(0)タイの動植物

2020年10月06日

エビ竿とタイのエビの釣り堀

日曜日の夕方、我が家に居候がやってきて居座り始めた。
血は繋がってはいないが、子供の時からミヤさんとは兄弟として育てられ、
大学を卒業後暫く我が家に居候をしていて、シラチャの会社に通っていたの
だが、ミンブリの方に新しい職を見つけて移っていた。
ここにきてレムチャバンの会社に移ったようだが、こうやって給料を上げて
いくようだが決して独立心は強くなく、結局身寄りが近くにいるとそこに転がり
込むのである。
迎える方もおいでおいでで来る者拒まず去るもの追わずで、まあタイ人は
どこへ行っても同じである。
それはさて置き、昨日その居候が帰って来るなり何かを持って私の隣に座り、
嬉しそうに包みを開け乍らこれを見てよという。
なんだろうと思って見てみると、釣り竿セットのようであるが私は初めて見る
ものである。
竿らしいのがあるが、たかだか50cm位のもので、あとは仕掛け巻きらしき
ものが5個と分銅らしきものがあり、どうやら釣り竿セットのようである。
















竿を取り上げると中を引き出し始めたが、振り出しになっていてなんと仕舞い
寸法50cmだったものが1.8mにもなった。
しかも竿の穂先の太さは1mmにも満たない細い仕様である。




























一体この竿で何を釣る積りだというと、カンベット・グン(エビ竿)だからエビを
釣るんだというがこんな細い竿でどんなエビを釣るのか聞くと、メールで
写真を送ってきたが、それがなんと手長エビである。





















一体この竿はどこ製なのか見たのだが、製造国など書いて無く、何とか
「極上・大尺」という漢字が読み取れたが、果たして中国にもエビ竿などが
あるのだろうか? 勿論日本でエビ竿など、私は聞いた事がない。





















ところで竿の細さに対するエビの大きさが、余りにも釣り合いが取れないので
こんな細い竿を使ってどこで釣るんだと聞くと、近くだから今からチェックに
行こうと言い出し、一緒について行った。
道中もしやと思ったら案の定で、シラチャの町中にあるエビの釣り堀であり、
その前は何回か通ったことがあったところだ。
バンコクにいた頃、私はミヤさんと何回かトンローやラチャダ―の釣り堀へ
行ったことがあり、その頃はどこも細い竹の延べ竿だった。
中に入ると結構客が入っており、居候君は早速準備開始。 私は見物だ。





















セットの中の分銅は実際のところどうするのだろうと思って見ていると、
釣り針に引っ掛けそのまま水に落として着底させ、その位置に合わせて
ウキの位置を調整するのである。





















その頃には店員が餌も運んできたのだが、彼が言うには鶏の心臓の生肉で、
私の親指の頭くらいしかない。
エビもハツを食べるのである。





















あとは米粒よりやや大きいくらいに切って、針に刺し釣り開始である。
オモリなど使わずに、針と餌の重さだけで沈めるのである。





















ウキはゆっくり沈むが合わせなどくれず、ゆっくり聞き合わせる感じである。
掛っているのを確認すると後はゆっくり引いてきて、手で糸を手繰って釣り
上げるのであるから、細い竿でも成る程問題ない。





















私たちの前にいた彼は30分くらいで3匹くらい上げていたが、居候君はまだ
それほどの腕ではないみたいだったが、4回目の魚信で何とかエビをゲット
したが、長くいるつもりはなく放流して帰宅である。





















因みに1時間100Bで、持ち帰る場合は無料であるが、その場で別料金で
料理もしてもらえる。
暇な時の時間潰しに、ここでビールでも飲みながら友達とひと時を過ごす
のもカラオケなんかへ行くより、結構いいかもしれない。

  

Posted by jinbei at 17:36Comments(0)Fishing

2020年10月04日

タイの焼きトウモロコシ

あの事故以来何もやる気が起きずウォーキングも中断してしまったが、
冷蔵庫の日本食の買い置きもなくなってきたので、如何しようかと思っていた
のだが、ふと運動がてらにJ-PARKまで歩いていってみようと思った。
我が家からJ-PARKまでは2kmそこそこだろうと高を括ったのである。
これがそもそも間違いだったが、それはさて置きとにかく歩き始めた。
丁度半ば程まで来た時、ガソリンスタンドの前に焼き芋・焼きトウモロコシの
屋台があるのを見つけたが、一旦通り過ぎたが急に焼きトウモロコシを食べ
たくなり戻って2本買った。
炭火で直焼きしたものである。





















さてJ-PARKまでは2.4キロあり、約30分かけてテクテク歩いてやっと到着。
入り口でタバコに火をつけ一休み。 汗が噴き出してくる。
買い物を済ませて再び歩き始めたのだが、買い物袋は水分の多いものが
多いうえ、歩道を上がったり下りたり車道に出たりで、歩きづらいうえカンカン
照りでどうにもこうにもならなくへたってしまった。
どうしてタイの歩道はこうも歩きづらいのかと思う。
500mくらい歩いてトゥクトゥクを見付け、これを使うことを即断。
家に帰って一休みし、早速トウモロコシを食べる。
焼きトウモロコシと言っても、トウモロコシの実の部分は焼けているわけでは
なく、皮の上から焼くので実際には皮の水分で蒸しているのである。
しかも日本の様に醤油で味付けなどなく、自然のトウモロコシの味である。
これは茹でる場合も同じで、皮のまま茹でて皮は食べるときに剥く。
虫食いなどなくびっしり実が付いていて甘く、美味しく頂きました。































  

Posted by jinbei at 14:05Comments(0)タイの果物・野菜

2020年10月01日

加害事故を起こしてしまった。

この9日間というもの 気持ちの置き所がないというか、不安感やら自責の
念で何も手につかず、ただ無為に過ごしていた。
何時までもこんなことをしていても始まらないし、最後にはなるようにしか
ならないと思い、反省の積りで日記代わりのこのブログ書き始めた。
何も自分の恥を他人様に話すこともないだろうとは思うが、知っておいた
方がいいと思う情報もあるかもしれない。

事故を起こしてしまったのは22日の夕方ほぼ6時で、私はミヤさんを送って
きてムーバーンの前で右折して中に入ろうと一時停止していた。
この道路3241号は直進車両優先路であるため、暫く車間が開くのを待って
いて、モータサイも途絶えたので今だと判断し右折し南進を始め、車が直角
に向きを変えたと思った矢先にドッカーンという衝撃音と共にバババーンと
いう爆発音が聞こえ、気が付くと車はノロノロと反対車線を東進していた。
一瞬何があったのか判らず、頭がクラクラしたのだが咄嗟にブレーキを
踏んでいたようで、ちょうど逆向き駐車したようになっていた。
クラクラしてる頭でミヤさんに助けの電話を入れると、間もなくして友人が現れ
保険会社への連絡やら、何やらやってくれて助けてくれたのだが、この時点
では茫然自失でどう動けばいいのか判らず運転席でボーッとしていたが、
確かなのはどこも怪我はしていないらしいということだけ。
その内にレスキューが来て、事故現場の整理やら双方の状況把握している
ようだった。
漸く自分を取り戻し始めた私は、まず自分の車がどうなっているのか確認
すると、左の前後のドアがぺこりと凹んでいる状態であった。
これでは横からの衝撃をもろに受けた格好である。
















前後のフェンダーの被害は少ないようであるが、ドア下のステップは下側に
押し倒した状態であった。
















このころになると息子の嫁にもミヤさんが連絡したようで、急いで帰り駆け
つけてくれた。
ところで相手側は二人いて、二人ともそれぞれハンドルとインパネに鼻の
上部を打ち付けたらしく鼻血を出して近くの芝の上で仰向けに寝ていた。
こちらは相手のVIOSで、エンジンフードが前方から押しつぶした状態に
なっていた。
















やがてポリスが一人来て保険会社の者に何か告げたが、現場検証する訳
でもなくタバコを一服吸ったあと帰って行った。
保険会社の者は車の被害状況・車体番号・ライセンス番号・私のライセンス
を確認すると、私が日本人であるためかミヤさんの友人や息子の嫁と何やら
話しただけで、誰も現場検証する訳でもなく、従ってブレーキ痕など何も
調べずに事が運んで行った。
この時やっと気付いたのだが、衝突時のあのバババーンと聞こえた爆発音は
何とフロントガラスの左支柱のハンドルグリップ部から、後部補助座席脇の
リアウィンドウに掛けての天井縁に埋め込まれた、エアバッグが全て開いた
時の爆発音であった。
左側の窓が隠されているのは、エアバッグが開いているからである。
















やがてレスキューが手配したと思われる、2台のレッカー車がそれぞれの
車をどこかへ運んで行った。
これで終わった訳ではなく、警察の指示で保険会社の社員と一緒に警察に
行き事故報告書の作成であるが、殆ど保険会社の指示に従って家族が
応対し私がしたこととはその書類にサインしただけである。
警察への報告は全て保険会社の報告書で済んだようで、ここでも私はサイン
させられただけだった。
















この時知ったのだが、車はこの夜はレッカーに積んだままで、保険会社の
指示で翌日それぞれ普段使っている会社(私の場合はTOYOTAシラチャ)
に持ち込まれたようだ。
翌日昼近くにTOYOTAへ行き、補修工事見積・期間などを聞かされた。

あれから9日経つが、今だ示談の話も含めすべてが停まっているままだが、
救いといえば、相手側の二人は鼻血は出したものの、サミテベー病院で
CTスキャンで調べたそうであるが、何も問題がないということでそのまま
帰宅したそうである。
二度と同じ間違いを起こさない、詰り再発防止は今後車の運転は一切しない
というのがあるが、これはタイにいる限り現実味がない。
原因は雨が降りそうな曇った日の、薄暮時の判断の誤り(大丈夫であろう)
なのではないかと思う。
形の上では私は車をぶつけられた格好であるが、直進車両の進路妨害
した私がすべて悪く、そこには事故負担割合などどこにもないのである。
日本ではもう枯葉マークを付ける歳どころか、免許返納をしてもおかしくない
年齢。
これを機に今一度自分の運転を見直してみようと思う。

  

Posted by jinbei at 17:18Comments(4)我が家の出来事