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ナムジャイブログ

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Posted by namjai at

2017年12月26日

タイの人気ロック歌手チャリティマラソン完走!

  文中一部誤記がありましたので訂正しお詫びします。
昨日夕方 テレビを見ていたら、タイの人気ロックグループ「ボディ
スラム」のボーカル担当トゥーンさんがメーサーイに到着して、
まさにゴール直前の様子が写っていました。

年の瀬になると暗い話が多い中、本当にホットなニュースです。
トゥーンさん
や伴走者に
混じって
走るメーサ
イの歓迎者
たち。
ゴール手前
1kmの所
です。


タイ最南端ヤラー県べトンから、最北端チェンライ県メーサーイ
まで全長2191Kmのチャリティーマラソンに挑戦し、11月1日に
べトンを出発してタイを北上し、55日目のこの日12月25日に
メーサーイにゴールしました。
トゥーンさんの目的は、全国の国立病院への医療器材の購入の
ために7億Bを集めることでした。
ゴールの瞬
間で、メーサ
イの人達に
迎えられます。








ゴールした直後
のトゥーンさん
です。
何かを成し遂
げた人の顔って
本当にいい。





このチャリティーマラソンの目標は7億Bでしたが、実際は目標を大きく
上回り100億B(340億円)以上だそうで、1人の人間でもやろうと
思えばここまでできるのですね。
重複しますがこのお金は、全て全国11の国立病院に寄付だそうです。
 上述金額は11億4千万B(38億7千6百万円)以上でした。
 
年の瀬に本当にホットな話題を頂き、2018年が希望の年のような
気がしてきます。
トゥーンさん 本当にお疲れ様でした。
体をゆっくり休ませて上げて下さい。
 ※画像はテレビの映像より借用しています。

  

Posted by jinbei at 13:18Comments(0)日記/一般ボランティア

2017年12月20日

カオ トムは胃に優しい。

このところ急に寒くなり、朝の温度はシラチャでも昨日(19日)は
17℃、今朝(20日)も16℃と大分冷え込んでいます。
大陸の高気圧が、大きく張り出しているからでしょうか。

さて昨晩(19日)ミヤさんが、晩酌が終わる頃「今日は大分寒い
から「カオ トム」を作ったから食べる?」と聞いてきました。
普段私は自分が食べたいものを、自分で勝手に料理して食べて
いるので声を掛けられるのは珍しく、自分で用意するのも面倒で
二つ返事で答えて用意してもらいました。
用意された「カオ トム」に私自前の大根とチンゲンサイの
糠漬けを添えています。
「カオ トム」の表面に振り掛かっているのは唐辛子です。












「カオ トム」はタイの「お粥」で、ご飯を煮て後から味付けした
ものや、上の写真のように煮込む段階で、具を入れ味付けした

雑炊風のものまで色々あります。
この夜の「カオ トム」は、ブタのバラ肉・エビ・イカ・シイタケ・

空芯菜が入れられ、ナムプラーで味付けしたものでした。
お陰さまで美味しく頂きました。  ゴチソウサマ音符face02

寝る前に食べるのですが、何せ「お粥」の部類のために、水気が
多い分だけ夜中にお腹が空いてきます。
今朝(20日)は昨晩より多く食べたのですが、9時頃にはお腹が
空き始めてきました。

  

Posted by jinbei at 13:10Comments(2)タイ料理

2017年12月18日

ムーバーンを見学してきた。

義母の家はチャチェンサオにあるが、もう10日ほど前に義母
から「家を売ってしまった」とミヤさんに電話があった。
まだ次に住む家の当ても、決まっていないのにである。
幸い明け渡しまで2ヶ月の猶予があり、その間に家を探して
引越しすればいいが、衣・食・住の3つの基礎の一つをいとも
簡単に手放す、義母の(タイ人)考えは日本人は理解できない。
お陰で2週間続けて、ムーバーンの見学に付合う羽目になった。
先週行ったところは、結局 義母のお眼鏡に適うところは無く、

改めて再度出直しである。
実は義弟が「ここなら」というところがあったのであるが、周辺に
何もなく義母もミヤさんも同じ意見で、「こんなところ」でしか

なかったのだ。
先週また義母か
ら電話があって、
広くて綺麗だと
言うので、ミヤさん
と一緒に見に
行ったが確かに
広く105タラン
ワー(420㎡)で
360万Bである。





平屋で広く、各部屋はゆったりしているが、周囲には何も無く、
車がないとどこへもいけない。
車さえあれば騒音もなく、ゆったり暮らすにはいいところだろう。

まだ決めるのは早いので、更に別のところに行った。
こちらは36タランワー(142㎡)で295万B。
こちらの方が交通の便も良いが、義母が首を縦に振らない。
結局この後2ヶ所ばかり回ってみたが、中々思うようなところが
なくもう少し時間をかけてチェックすることになった。

結局この日は5ヶ所を見て回ったのだが、日本人の私からすると、
病院が近くにない・学校が近くにない・買い物に不便・交通の便が
良くないとどこも一長一短があり、シラチャに比べてなぜか価格が
高く設定されている気がするが、いずれにしろ私が買うわけでは
なく、何を基本条件に選んでいるのか判らないため、余計な
口出しはしなかった。

帰りはチョンブリのビッグCに寄り、ミヤさんの買い物に付き合い
遅い昼食をとったのだが、ここで面白いものを見つけたので

紹介する。
私たちが昼食に入ったのは「ビッグC」内のYAYOI軒である。
私たちが食べたのはラーメンであるが、ウインドウにこんな
メニューが貼られていた。
その名も「手まり
寿司」で、撮影
角度が悪かったか
多少いびつに写っ
てしまった。
ネタはマグロと
エビの4個で
値段が189B。
さて高いのか安い
のか、味の程は
如何に???

  

Posted by jinbei at 15:34Comments(1)タイ生活

2017年12月17日

タイの果実「サラ」

タイには珍しい食べ物が一杯ありますが、果物(果実)も同じです。
日本人にとってドリアンを初めとしてカヌンやサラも珍しく、先日
お向かいさんに頂いた「サラ」を紹介します。

これが「サラ」で
「えっこれ果実?」
という感じです。








写真でも僅かに
判別できますが、
栗のイガほどでは
ありませんが、
細いトゲが全体を
覆っているため、
ティシュー等で
掴まないと、ウッカリ
するとトゲが刺さり
ます。



これが表面の皮を
剥いた状態です。
このままでも食べ
られますが、更に
表面に薄皮が
あって食べ難い
かも知れません。










実の割りに種は大きいです。
で味は?濃い味ではなく甘酸っぱくて、何とも言えないけれど、結構
美味しいですョ。


冒頭珍しい食べ物が一杯あると書きましたが
日本人には珍しい
「カヌン」です。
花が咲いたのは見て
いないのに、いきなり
木の幹から果実が
でてきます。
食べ頃になると、実の
周囲から甘い香りが
漂い始めます。








詳しくは3月投稿の「カヌンのタネを食べた」をご覧下さい。

  

Posted by jinbei at 17:04Comments(0)タイの果物・野菜

2017年12月14日

「こども新聞」と白骨街道

数日前同僚のTさんがタバコを吸いながら、「中国と韓国が何故日本を敵視
するのか、どういう教育をしているのか判らないが、過去のことは過去のこと
として、日本も同じ間違いを起こさないためにも、真剣に事実を子供たちに
教える必要があるな」などと言い出した。
「急にどうしたの」と言うと、「コンドミニアムに月1回届くこども新聞に目を通し
目をたら、第2次大戦の細かいことが載っていて、これを孫達に読ませようと
思っている」と言う。


暫く日が経ったある日、「これがそうだ」と持って来てくれたので目を通すと、
とても子供向けとは思えない内容であり、ずっと継続して読まないと
前後が繋がってこないような気がする。
そうは言っても、矢張りTさんの言うことは尤もだと思う。

これが最近号で、タイも
関係するので、例として
紹介します。
インパール作戦は陸軍
上層の「決死」「必勝」の
精神論で進められた、
兵站(補給)無き無謀な
作戦だったようだ。


昭和19年3月に実行が
開始され、その年7月
には中止されたそうだ。
兵站が無いということは
食料や弾薬の補給が
無いことであり、戦いに
ならなかったと思われる。




この間に無くなった人は3万8千人余りだという。
では生き残った兵はどうしたか。
多くの兵隊は来た道を、タイを
目指して引き返すが、これが
又悲惨な逃避行であり、これを
テーマに書かれたた本が、
「ビルマの竪琴」である。












以下は新聞には掲載されていません。

北タイ メーホンソン県の国道108号沿いにクン ユアム村という村に、

世界で唯一の親日博物館があるそうで、進攻前の日本兵がいかに

この村の人達と親密に暮らしていたが判る資料が陳列されているそうだ。

この村の村長さんは、私財を投じてこの博物館を造り、何年か前
天皇陛下がタイを訪れた際、天皇陛下から晩餐のレセプションに
招待されたそうだ。 又翌年春の叙勲で、受勲もしている。
この話思わず涙ぐみますが、興味のある方下記ご覧下さい。
 ※ブログ;東アジア黙示録
   世界で唯一の親日博物館・・・北部タイ英霊街道を辿る。

ところで、この戦争は日本の侵略戦争であったというのが世界の
大方の見方であるが、一方インドではモディ首相始め著名な人達
からは、「インド独立の気運を高めた聖戦」「インパールで戦った
日本兵に敬意を表す」という様な声も聞かれるようだ。
  ※「白骨街道インパール」
又 最近ではNHKの連続ドラマ「ひよっこ」で、ヒロインの叔父が
戦争体験の話をする場面があったらしいが、インパール作戦に
興味がある人もでてきたようである。

こども新聞から大分それてしまったが、今ある平和・各々が持つ
小さな幸せは、その裏にはこういうこともあったということをやはり
知っておくべきで、そのためには2度と戦争は起こさないよう
後世に伝えるべきだと私は思います。

2年前の暮れに釣友のMさんが「新年に白骨街道に行って線香を
上げてくる。Jinbeiさんも長くタイにいるなら、一度は線香を上げて
来いよ。」と電話をよこした。
この白骨街道とは、日本兵が生き延びようと必死に戻ってきた道
であり、先のクンユアン村付近でもおよそ7000人の日本兵が、
無念の涙をのみながら死んでいったそうである。


  

Posted by jinbei at 13:00Comments(2)日記/一般

2017年12月11日

下町は楽しさが一杯

タラートの面白さを紹介したが、シラチャのタラート周辺も楽しさが溢れて
いる。

先週の土曜日、用事があって同僚の住むコンドミニアムを訪ねた。
Tさんは先に紹介したタラートの近くのコンドミニアムにいるのだが、「糸(漁
網用)を買いに行くが、一緒に行くか?」と誘われたので、付いて行くことに
した。

これは途中にある
華人系のお寺。
シラチャは華系
タイ人の多いところ
である。












寺の向かいにある
タイ飯屋だが、寺と
関係あるかどうか
判らない。
夕方5時になると、
食事をする人達で
随分と賑やかになっ
てくる。









Tさんがここだよと
言って店に入って
行くが、この店
シャッターは4枚
なのに1枚しか
開いていない。
まさに間口半間
である。
とにかく狭い上に
色んな物が所狭し
と雑多に置いて
あり足の踏み場
も無い。
ぶら下がっている
のは玉網用の枠。








シラチャは元々小さな漁村だったのが、チョンブリやラヨーンにある工業
団地に通う日本人が住むようになると、人も集まり商業も発展して今に
至っているようで、街中を歩くと日本語が溢れている。

シラチャは漁業従事者も多く、この店も漁業用の道具を扱っていて、ありと
あらゆる道具が揃っている。

Tさんが選んでいる
のは漁網用の糸。
色んな糸が太さ
別に揃っている。













こちらは各種漁業
の網。
Tさんがここで糸の
細い網を見てたら
店の主人が「バー
ド、バード」と言う
ので、絵を描いて
「これか」と言うと
「イエス」と答えた
そうだ。








Tさんが描いたのはカスミ網である。
日本では法律で禁止され、今ではその姿を見ることも無くなったが、
ここではまだ売られていたのである。
Tさんは驚いたばかりでなく、思わず買ってしまったそうだ。
部屋に帰って広げると、3枚は取れる大きさだそうだが、日本へ帰って
使う場所が無いし、下手に見つかると警察に捕まるよと言うと、平然と
自分の敷地内なら何の問題もないという。
女性には判らないだろうが、この店は大の大人を少年の心のように
ワクワクさせる色んなものがある。

こちらは船舶用の
Vベルト。
これらの品々が、
シャッター4枚分の
店に所狭しとあり、
しかも、2階にも
部品を置いてある
そうだ。









時間があったら整理整頓をしてやり、ジックリと店の中の商品を
観察したいものである。
Tさんばかりでなく、私も子供の時分に戻ったような気持ちになり、
思わず夢中になってしまった。

これはTさんが買っ
たアバリ。
網を編んだり補修
をする道具である。
Tさん口八丁だけ
でなく手も八丁で、
部屋で暇な時間に、
キュウリのツル用
ネットや、孫と魚を
捕るための網を7・
8枚編んだそうだ。







勝手に入って写真まで取らせてもらったので、この店を出るとき「コップ クン
カーッㇷ゚」と言ったら、この店の主人から「ドーモ アリガト」という言葉が返って
来た。
こちらは筋向いの
店で、ここにも
漁具はあるが前の
店ほどではなく、
生活感が溢れて
いる。
右の大きな傘は、
屋台でお馴染の
笠だ。
ぶら下がっている
のは投網である。







さてこれは何か
お分かりだろうか。
銛であるが、5本
のヤリがラッパ状に
並んでいるし、銛と
言っても「返し」が
付いていない。
サザエやウニを
捕る銛のようだ。








今回は女性の方はあまり興味が無かったかもしれないが、お寺と漁具屋
2軒を紹介しただけで、この近くにはまだまだ楽しいところがあるので、
又の機会に紹介したいと思います。

  

Posted by jinbei at 22:15Comments(0)タイの文化

2017年12月08日

タラートは面白い・・・新タラート②

「タラートは面白い」の続編で、今回は旧タラート側から入って新タラートの
内側通路周辺の紹介です。

旧タラートから入る
とこんな風景が
続きます。
この辺は新鮮な
魚介類であるが
小さなのが多い。








上の魚屋の隣で、
カニ・イカ・小魚を
売っている。
カニは生きている
ため、エア供給
している。










こちらは反対側に

陣取った髪を紫に
染めたオバチャン
が売るガザミ。
オバチャンと目が
合うと必ず声を
掛けてくるため、
思わずず買う羽目

になる。







こちらは干物屋の
スルメの山。
写真にはないが、
この左側は魚の
干物で、ここには
日本と同じ縮緬
ジャコや煮干も
ある。










更にちょっと進むと
野菜を売っている
店があり、私は
ここで買物をする
ことが多い。
ここには日本の
キューり・ほうれん
草・長ネギ(何れも
タイ産)等買える

からだ。






ほうれん草1束
(約10株)30Bだ。
隣のチンゲン菜は
5株20B(60円)
安くて新鮮だ。













さらに奥へ進むと
右に豚肉屋。
ブタはシッポ以外
捨てる所がない
ようです。
血はゼラチンか
何かで塊にして
売っている。








隣がエビの店。
下段中央の1/2は
500gで150B。
写真では大きさが
判らないが、以前
投稿の「手長エビ」
よりやや小さい。











更に隣の店の
「アオリイカ」。
500g130Bで
ある。

私はここのアオリも
時々買っている。
アオリの刺身は
身も厚く甘くて最高
ですが、如何せん
私一人では食べ
切れない。





もっと奥に進んで、
野菜の店。
10というは10Bの
ことでレモングラス
下のタマリンドも、
同じく1束10B。
隣の紫の塊は
バナナの花芽だ。








やっぱりあった
故ラマ9世の紙幣。
古い通常紙幣やら
記念紙幣をセット
で売っていた。











こちらはTシャツの
店で、これらは
刺繍である。
私も1枚「シンハ
(ビール)」の黒に
金糸のものを
持っている。











本当はまだまだ紹介したいが、限がないのでこのくらいにしておきますが、
ここのタラートなどまだ小さい方で、大きなタラートならブラブラ見て歩いても
飽きないと思います。


こういう所にはいるときの注意事項
 1.Tシャツのような首の見える服装の時は、絶対にネックレスは
   外すこと。
 2.財布などは持たずに、小銭と紙幣はせいぜい1500Bくらい。
 3.バッグなど持たず身軽にして行くこと。
 4.見るからに観光で来た、というスタイルは避ける。

タラートには普段見たことがない食べ物が一杯あるし、そこに暮らす
人達の生活が詰まっています。
何よりエネルギッシュで元気なおばちゃん達が一杯います。
郷に入ったらその郷ががどんなところか、なんとなく判ってくるような
気がします。


  

Posted by jinbei at 20:22Comments(4)タイの文化タイ生活

2017年12月06日

12月5日「父の日」

       写真喪失のため、表現を一部変更しました。2020年3月10日
12月5日は、故ラマ9世の誕生日でもあり「父の日」でもある。
因みに8月12日は、王妃の誕生日でもあり「母の日」でもある。
これだけを見ても、王室と国民の有り様がなんとなく判る気がする。

私も昨日は会社が休みでノンビリ過ごし、晩酌も早く切り上げ夕食も済ませた
ところへ、タイミングよく娘が帰ってきて「パア 椅子に座って」と促され、椅子に
座ると「プアンマーライ(花数珠)」を私に手渡して「パア いつまでも元気でね」
と言う。
そこへ待っていたように息子が二階から降りてきて、同様のことをしてくれた。

二人が送ってくれたのは紅白のバラで、インが白、ケンが赤のバラである。
二人共殊勝なことをしてくれたが、心が篭もっていて嬉しい。
最近は房の部分が樹脂のものもあるが
れは全部本物だ。

2人に気の効いた
言葉を返す程タイ
語が上手くなく、
ありきたりの言葉で
お礼と励しの言葉
を言った。
プアンマーライは
早速神棚に預け、
お礼をした。




いつかはどちらかがこの家を出て行くと思うが、二人とも元気で幸せになって欲しいものである。
そうして私が上げた日本姓を、大切にして欲しいと願うばかりである。

ところでタイにはお墓はなく、私もいつかは仏塔に入るか流骨してもらう
ことになるであろうが、墓はなくとも二人がそれぞれに幸せになって繁栄
していけば、私はタイの○○○の始祖ということで、名前が残ることになる。

墓を作っても2代・3代後には、どんな人かも判らず忘れ去られてしまう。
今から家系図の作り方を教えておこうかな・・・?

  

Posted by jinbei at 15:49Comments(2)タイ生活

2017年12月03日

シラチャ市民の広場・・・スカパープ(健康)パーク

11月にロイクラトーンの記事を書くために、久しぶりに健康公園に行った
のだが、整備された公園の充実ぶりに驚いたので、改めてこの市民広場
広場スカパープ(タイ語の健康)パークを紹介します。

これが入り口で
女神のワイ(挨拶
・返礼・敬意)で
迎えられる。
入ってすぐ右が
駐車場だが、
公園の脇にも
停められる。






Wi-Fiはフリーの
立札がすぐ目に
はいる。













土・日の朝ともなると、このようにジョギング・ウォーキングなどをしに多くの
人たちが、ここで朝の健康的なひと時を過ごす。
下はジョギングをする人達で、中には裸足の人もいる。
朝7時頃で、日が当たっていないので若干見にくいかもしれない

このジョギングコースは、キッチリ1Kmあり以前は100m毎に指標が埋め
込まれていたのだが見えなかった。
私は以前近くのコンドミニアムに住んでいたので、土日の朝1時間は必ず
ここにきて汗をかいていた。

コースを進むと
広場中程に八角堂
が見えてくる。
ここには仏陀の像
を祀ってあり運動を
終えた人・散歩に
来た人が参拝
できる様に祭壇が
設けられている。








この先にステージのある小さな広場があるが、朝はここで太極拳をする
人達が集まって汗をかいている。
夕方にはエアロビクスをする人たちが大勢集まり、ステージに上った
インストラクターの掛け声で、一生懸命体を動かしている。

これが何だか判る
だろうか?
ここには沢山の
リスがいて、餌用の
籠である。
丸印にリスがいる。











コースを大きくU
ターンするのだが、
右手にスケボー
を楽しむ人達の、
リンクと言ったら
いいのかスケボー
場がある。










右にコローイを見
ながらUターンだ。














ジョギングコース
だけでなく、色んな
運動器具があち
こちに設置されて
いる。












これも運動器具。















何にでも使える
運動場。
公園の外にコンド
ミニアムが建って
いるが、私がいた
のは中央の白い
建物の12階。
その頃は、左右の
建物はなく見晴らし
抜群であった。








これはコース横の
遊歩道で、横は
もう海岸である。
運動あとの疲れた
体を、海を見ながら
ゆっくり休ませる
のは最高である。










遊歩道から海岸に
降りることもでき、
水遊びしている
人もいる。













運が良いとこんな
ものも見られる。
リスが後ろ足で
ヤシの葉に掴まり、
ぶら下がって餌を
食べている。
向こうが遊歩道。










これはコース内に
設置された遊具。
小さな子供を遊ば
せるにはもって
こいだが、この
日の午後は暑い
ためひと気がない。










お父さんが幼い
女の子と遊んで
いて、お父さんの
日本語が聞えた。

この辺りからまた
Uターンして元の
入り口に戻る
ことになる。










ここはもう出口だが、
一休みするための
ベンチは至る所に
用意されている。














この公園は体を動かすにしても、ぶらぶら散策するにしても、お金を使う
こともなく、水や食料は自分で調達してくれば、疲れた体や心をリフレッシュ
させるにはもってこいであるし、小さな子供を遊ばせるにもいいところです。


  

Posted by jinbei at 17:21Comments(2)シラチャ紹介