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ナムジャイブログ

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Posted by namjai at

2017年04月28日

我が家の犬たち・・・LUCKY

LUCKYが死んで既に3年たつが、これが在りし日のLUCKYである。


























私がLEOを買って2ヶ月ほどたったある日の夕方、娘がシラチャのナイトバザール(今は

ないが、数年前までケープラチャHOTELの前でやっていた)で、可愛い犬を売っている

ので買って欲しいと言ってきた。

狭いコンドミニアムで大型犬を2匹も飼うとどうなるのかと考えたが、奥の部屋でもハスキーを

2頭飼っていたので、簡単に考えて買ってしまった。

残念だが子供の時の写真は無いが、ころ々太って可愛いものだった。


とは言え成犬になるに従い大きくなり、家を建てることも考えていたので、2歳の頃LEOと一緒に


義父の家に1年近く預けた。

2011年3月 新しい家ができて、義父の家から2頭を引き取って間もなく、LUCKYが身籠った。


この年タイの大洪水があったのだが、洪水の少し前のある日ミヤさんが、ソロ々生まれる気配が

すると言って、犬小屋に準備を始めた。


その翌早朝に起こされた時には、すでに4匹は生まれており更に4匹生んだ。

後の4匹は私が取り上げ、子犬たちは全て私が産湯を使わせた。 











性格的には臆病でやさしい犬だった。

これはLuckyの産んだ

子供の内で一番大きな

Lock.









この中にLeckとLookが

いるのだが、いまでは

どれがどれだか全く

判らない。








義父が亡くなった2013年の、雨季も終わろうとしていたある雨の日、雷が怖くてどうにもなら

なくなり、首に綱をつけているのに無理をして、塀を飛び越えて逃げようとし、結果的に塀の

向こう側で首吊り自殺状態になってしまった。

ミヤさんは 自分が気が付かなかったからと自分を責めたが、こればかりはどうしようもない。


その日の夜専門家に連絡を取り、パタヤのさるお寺で手厚く荼毘に付して頂いた。

お骨はバンパコン河の義父のそばに送ってやったが、タイ人にも私たちのように、飼い犬に

愛情を持ちお骨を流しに来る人が結構いるようで、船を手配するところで 手馴れた様子で

お盆や花を用意してくれた。

 


















これには後日談があり、今年の初めに突然ミヤさんが、「ピーノ LUCKYはもう生まれ

変わって、別のところで元気に生きているから心配は要らないよ」などと言い出した。

私は意味が判らず、「何で急にそんなことを言うんだ」と言うと、ミヤさんは真剣な顔をして

「LUCKYの夢を見てラッキーNo.を買ったら当たった。 LUCKYが御礼をしてくれた。 

きっともう生まれ変わっていると思う」と言う。

なんともおかしな信じ難い話である。 

  

Posted by jinbei at 10:53Comments(0)ペット

2017年04月25日

我が家の犬たち・・・LEO

私は犬が大好きで、日本にいた時は「グレートピレニーズ」を飼っていた。

2001年にタイに赴任する時も、一緒にと考えたりもしたのだがタイの暑さを考えて諦めた。
ショーはヤンチャであったため、警察犬の訓練(飼い主も訓練士の訓練を一緒に受ける)を
受け、最終的にはショーと私は、4級警察犬と4級警察犬指導士となることができ、下の写真は
その時のものである。

家の郵便受けの端っこには、翔(ショー)と書いたりしたのだが、私がタイに赴任中に死んで、
今はもういない。

















今 シラチャの我が家にはゴールデンが4頭、ポメラニアン2頭(内1頭はパグとのミックス)、
ビーグル1頭が一緒にいる。
飼い始めはゴールデンのLEOからで、シラチャに来て2年目に、チョンブリのチャトチャックに行った折に
見つけ、どうしても飼いたくなり 半分衝動買いで買ってしまった。

そのとき住んでいたコンドミニアムが、たま々であるがペットを飼っても問題無かったのが
良かった。
生憎と小さい時の写真はないのだが、これがREOが3歳の時の写真。

















まだ飼って2ヶ月くらいに風邪を引いたようで、黄色の鼻水がでて 近所のクリニックに行って
診て貰ったところ、犬ジステンパーだと言われ大騒ぎした。
色々と薬を飲ませたのだが中々良くならず、最後には薬殺という方法もあると言われ、断って
別のクリニックに連れて行ったのだが、結果はただの風邪だということで、注射を打って薬を
貰ってすぐに直すことができた。

その時の先生に、この犬はいい血統を持っているから、大切に飼ってあげなさいといわれた。

あの時 犬ジステンパーだといわれたまま、薬殺していたらと思うと、今でもあのヤブ医者メと
腹が立つ。

我が家のゴールデン(LOCK・LECK・LUCK)はLEOの子である。
連れ合いのLUCKYを亡くしてから、歳をとって今は鼻先が大分白くなってしまった。

















もう7歳で老犬のため、ドナードッグとして献血はできないが、他の犬に比べて一番健康的な
血で、他の犬たちも同じであるが、どんな血液型にも対応できる良い血だと言われた。

是非長生きしてもらいたいものである。

  

Posted by jinbei at 11:23Comments(0)ペット

2017年04月15日

4回目の犬の献血に行ってきた

4月12日 犬の献血に行ってきた。
昨年暮れに献血しているから、最低3か月の間を置かなければならなく、4月に入ってこれで

3件目の献血要請である。

要請があったからといって、すぐに対応できるというものではなく、まず何よりも犬の健康状態、

次に私たちの都合が合わないと、犬を連れに来てもらわなければならないが、我が家は

シラチャで病院はラク・シまで行かなければならず、一度だけ連れに来てもらったが、あとは

こちらで対応した。 

今回の依頼はコーギー13歳でもう老犬であり、ガンのために右前脚の切断が必要とのこと。

犬のガンは結構多く、これまでに家の犬が供給した血の殆どは、ガンを患った犬への提供

であった。

さて ラク・シにあるカセサート大学の動物病院まで我が家から120kmはある。

普段の時期だと2時間は掛るが、今はソンクラーンでバンコックは車が少なくなっており

1時間半掛った。

ここがカセサート大学の動物病院で駐車場側から見たところで、1階で受付3階で検査と採血。

















こちらは裏に回って中庭から見たところで、右側の建物が上の写真。

コレが動物病院かと思うほど大きく広く、ミヤさん曰く周囲の建物は全て動物病院関係の

建物とのこと。
















受付が終わって、検査開始でまずは健康状態の確認(聴診器を当てて診ているところ)。

















次は検査用の採血だが、前回問題なくても病気にかかっているかもしれないため必ず行う。

見た目病気にかかっていなくとも、ダニや見逃すほどの皮膚病で血液が汚れていることが

あるからだ。
検査は3頭で約1時間半

待たされた。









下の写真はLEOで、老犬で献血はできず関係なく、健康状態の確認のため連れてきたのだが、

結果として3頭とも全く問題なく、中でもLEOが一番良い健康状態の血液であるとのこと。

前にも書いたが、犬の血液型は9タイプほどあるそうだが、我が家の犬はどの血液型にも提供

できるそうで、彼らはこのLEOの血統からきていると思っている。 


さて輸血用の採血であるが、意識がある程度に弱い麻酔を打って行うが、首筋の静脈から

採血するため、バリカンで首筋の毛を剃り落とす。

医者は首筋の静脈に針を突き刺してそこから採血するのであるが、これを写真に収めようと

したら娘が「お父さん! いけないって言ってるよ」と急に言い出す。

飼い主が献血を申し出て、その写真を撮ろうとすることがどうしていけないのか、納得でき

ないため文句を言おうと思ったが、規則でダメなものはダメだろうと思い直して諦めた。

白いところが毛を剃り落して見えている肌。(写真はLock)

















下の写真は前回(3回目;昨年暮れ)のものであるが、採血された血液はこのように手術用の

袋に納められ手術に臨む。

今回の採血はLockが450cc Luckが400ccであった。

これはLockの体重が57kgでLuckは37kgだからだ。


















写真を撮るのも億劫になってうっかりしていたため、採血直後の撮影を忘れてしまい、家に

帰ってから思い出してリラックスしている姿を撮った。

首に巻いているのは、毎回のことであるがドナードッグのスカーフである。

これで12~13枚は溜まったであろうか。
 







 

2頭ともお疲れさまでした。

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Posted by jinbei at 12:45Comments(1)ボランティア

2017年04月09日

会社でソンクラーンセレモニー

私の勤める会社は、今年のソンクラーン休暇は4月7日~16日までです。

毎年休暇に入る前日の午後4時から、全社員でソンクラーンの儀式「ロット ナーム ダム 

フア」を行って休みを迎えます。

いつも2時頃になると、4時からと言ってあっても、工場内やら事務所の片隅では既に水掛が

始まり、仕事も中断してしまうことから、今年は工場内・事務所内での水掛は禁止で、社員

一斉に4時からというルールで始まりました。

「ロット ナーム ダム フア」の始まる前の準備状況で、裏方(総務を中心としたポーバーン・

メーバーン)が午後から準備開始です。

















玄関前にはブッダ像をセットし、香りのついた水にたくさんの花びらを浮かべてあります。

















あらかた準備が整っているので、既にブッダにお参りをし水を掛け合っている者もいます。

今年は玄関前が水掛けの場所のため、ドラム缶(水色の缶4本)用意されています。

















いよいよ儀式が始まりました。

まずブッダ像に花ビラの浮いた水を掛け、感謝の祈りを捧げます。

















ブッダの次は、サーン パプーンに祀ってある小さな仏像や人形にも水を掛けていきます。

















次は長老への水掛ですが、私の会社でも全ての日本人が長老役です。

合掌した手に「プアンマーライ」という数珠の形をした花輪に手を通し、ここに水をかけて

貰います。

















社員は口々に「サワディー ピー マイ カッ」、「健康でいて下さい」、「いつまでも元気に

して下さい」などと言いながら、手に水を掛けその後肩や首筋にも水を掛けていきます。

この時水に溶いたペーン(石灰のようなもの)もついでに、顔や手や首に擦り付けていきます。

















社員全員からこの祝福を受ける訳ですから、終わったときにはパンツの中から靴の中まで

水でグッショリになっており、これに加えてペーンが衣服にへばりついてしまうし、中にはボディ 

パウダーを擦り付けていくものもいるので、目に入るとたまったものではありません。

儀式を中心にまとめましたので、普通に行われている水の掛け合いの写真は、皆さんは

ご存知だと勝手に解釈してカットしました。

















これで「ロット ナーム ダム フア」は終了です。
それぞれの社員は家に帰り、お爺さんお婆さん又は父母に対してこの「ロット ナーム ダム 

フア」を行って、家族で団欒を楽しむことでしょう。

「サワ ディー ピー マイ カッ(プ)」

  

Posted by jinbei at 11:03Comments(0)タイの文化

2017年04月06日

ミヤさんの兜煮「トム ケム」・・・・タイ料理

タイ料理には日本料理に酷似したものがあります、

多くの方は御存知だろうと思いますが、タイ料理のムー・カイ・パローなどは「ブタの角煮」その

ものだと思います。

先日私はチョンガーンの兜煮を作って食べましたが、珍しくミヤさんが「ピーノ 今度私が

兜煮を作ってあげる」と言ってくれました。

勿論断る理由などあろうはずも無く、2つ返事で頼みました。

魚の頭は冷凍庫に眠っているため、ミヤさんがタラートヘ行って用意したのは、レモングラス、

バイ マックルー(ト)(こぶミカンの葉;2枚の葉が連なっているのが特徴)、料理用のマッカム

(熟した酸っぱいタマリンド)とショウガでした。

下の写真で、右がレモングラス、左がバイ マックルー(ト)です。

















こちらは料理用の熟したマッカム。

















確かに義母が作ってくれた兜煮には、レモングラスとバイ マックルー(ト)が沢山入っていた

ことを思い出します。

大きな鍋に魚の厚みの半分ほど水を入れて沸し、その中に根を落して3cmくらいに刻んだ

レモングラスとマックルー(ト)の葉だけを5~6枚、千切りしたショウガを入れます。

その後豆醤とナンプラーを適当(オタマに1杯くらい)1;1で入れ、更に砂糖をスプーンに1杯

くらい入れ、最後にマッカムを矢張り3cmくらいにちぎって6個くらい入れます。

(私と同じでミヤさんもアバウトです)

この後ミヤさんは頃合いを見計らって、魚を裏返したあと更に数分後、「ピーノ 味見して酸っぱ

かったらマッカムを取り出して」と言います。

味見すると確かに酸っぱく「何だこれ、これじゃあ薄味のトムヤムプラーだよ」と私。

ミヤさんがしたことは、砂糖とナンプラーで味を調整し、もう一度味見をすると義母が作って

くれたあの兜煮の味なんです。

しかし・・・・、煮汁の色がまったく違うのです。

義母が作ってくれたのは私のより醤油色が濃く、ミヤさんが作ったのはまるで関西のウドンの

ツユの色なのです。

上がミヤさんの兜煮、下が私の兜煮です。


















まあ文句を言う筋合いのものでもなく、僅かに仕上がりの香りが違うだけで、味そのものは

私のと殆ど変わりませんでした。

私は「これはタイ料理でなんと言うの」とミヤさんに聞くと、」ミヤさん曰く「トム ケム」と言います。

後から考えるに、この「トム ケム」日本風に言えば「〇〇の甘辛煮」みたいなもので、例えば

「魚の煮付け」みたいに「アジの煮付け」「サバの煮付け」のようにバリエーションがある

のではないかと思います。

それにしても義母の作ったものとミヤさんの作ったこの違いは何だろうと思います。

しかし、感謝しておいしく頂きました。 合掌です。                     

  

Posted by jinbei at 20:22Comments(2)タイ料理